名古屋高等裁判所 昭和40年(ネ)609号 判決 1967年2月14日
控訴人(参加原告)
矢倉定
右訴訟代理人
佐治良三
外三名
被控訴人(被告)
田上俊三
右訴訟代理人
阿阪久雄
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人らは「原判決を取消す、原判決添付別紙その一図表示のイロハニホヘトチリヌルヲワカヨタレソツネナラムウヰノオクヤマケフコエテアサイの各点を順次結ぶ線で囲まれた地域が控訴人所有の三重県一志郡美杉村下多気一、二五一番の一山林一畝六歩同所一、二五一番の三山林三反四畝三歩同所一、二五一番地山林四畝二二歩であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴人代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用および書証の認否は、左記のほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。《以下省略》
理由
当審における当事者双方の主張立証を勘案してなした当裁判所の判断によるも被控訴人の請求は失当であつて棄却すべきものと考える。その理由は、左記のほか、原判決の説示するとおりであるから、原判決の理由記載を引用する。
《中略》
四以上説示のとおり本件山林は被控訴人が訴外橋本庄平より買受けたものの、登記もれとなつていたというべきで、控訴代理人ら主張のいわゆる「落地」にあたるといわねばならない。従つて被控訴人が本件山林を管理し来つたことはなんら錯誤によるものではないこともちろんである。
控訴代理人らは控訴人が本件山林につき登記を取得している以上、被控訴人は正当な登記簿上の権利者たる控訴人に対抗し得ない旨主張する。
しかしながら民法第一七七条にいわゆる「登記がなければ対抗し得ない第三者」とは登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者をいうのであつて登記の欠缺を主張することが信義則に反するいわゆる「背信的悪意者」のごときは右の第三者より除外さるべきものと解せられる。
本件についてこれをみるに、原判決挙示の各証拠と本件口頭弁論の全趣旨によれば、(1)控訴人は訴外橋本庄平より現地の全く不明な権利証を村図の記載から本件山林と推測し、その時価を一二〇万円に相当すると評価しながら(右認定に反する控訴本人の当審における尋問の結果は同人の原審における供述と対比して措信できない)「落地」譲渡の危虞を有する同訴外人からこれを僅か三万五、〇〇〇円で買受けたこと、(2)控訴人の右買受の目的は被控訴人において未だその土地について登記をうけていないのを奇貨とし、被控訴人に対し右権利証を高値で売りつけ巨利を博しようとするにあつたこと、(3)控訴人は被控訴人に対するこれが買取の交渉が不調となるや、訴外石田定雄(原審脱退原告)に金一一〇万円余で転売したこと(尤も当審証人矢倉はな、同黒田近蔵の各証言によれば右転売は控訴人の受刑服役中のことで現実に矢倉はなの入手した金員は四八万円にすぎないことが認められるが、控訴人に相談の上右転売のなされたことは右矢倉証人の証言によつて明らかであつて、控訴人が全く右転売に関与していないとは認められない)、(3)訴外石田が本訴を提起するや、控訴人は狼狽して右権利証を金三〇万円で買戻したことが認められる。
以上の各事実に微すれば、控訴人が本件山林につき登記を経由した経過においてすでに反社会性、違法性を否定し得ないものがあるというべく控訴人は畢竟いわゆる落地の権利証を落地と知ればこそ、地価の三〇分の一にも満たざる著しく不当な安値で買受け、これを被控訴人との取引の具に供するため本件係争地域について自己の所有と主張するものであつて、このような主張は信義則に反するものというべきである。従つて右のような信義則に反する主張をなす控訴人は「背信的悪意者」として被控訴人は登記なくしてこれに対抗しうるものと解すべきであるから、控訴代理人らの主張は採用できない。
五以上の次第ゆえ、当審の判断と同一結論に出た原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条に従い主文のとおり判決する。(成田薫 黒木美朝 辻下文雄)